生成AIの社内定着とは、詳しい数名だけが使う状態ではなく、部署を越えて日常の業務で使われ続けている状態を指します。総務省がデジタル化に着手済みの企業の管理職515人に聞いた調査では、生成AIによる業務変革に「全社横断的に取り組んでいる」と答えた企業は21.5%にとどまり、「組織的な取り組みはない」も27.0%ありました。帝国データバンクの調査では、AIを使いこなせる社員とそうでない社員の間で格差が広がったと答えた企業が18.8%にのぼります。一部の人しか使わない状態はどの会社にも起こります。問題は、放っておくと差が固定化していくことです。
Summary / この記事の要点
全社横断で生成AIに取り組めている企業は、総務省調査で21.5%にとどまります。一部の人だけが使う状態は例外ではなく、放置すると使いこなしの格差が固定化します(帝国データバンク調査では18.8%が「格差が拡大した」と回答)。
分かれる理由は、コツが個人に閉じる属人化、部署間の温度差、評価されない頑張りの3つに集約されます。自己診断チェックで自社の状態を確認できます。
打ち手は3つの移し替えです。個人のコツを組織の手順に移す、成功を隣の部署の言葉に翻訳する、広める努力を仕組みで支える。どこまで自社で進めるかの見極め方もあわせて整理します。
「一部の人しか使わない」は、実はどこの会社にも起きている
金曜の夕方、見積書の下書きを生成AIで済ませて先に帰り支度をしている社員がいる一方で、同じ量の見積もりを一件ずつ手作業で仕上げている社員がまだ残っている。似た光景に心当たりのある会社は多いはずです。
ここで扱うのは、まだ誰も使っていない段階の話ではありません。すでに数人が日常的に使い始めているのに、そこから部署を越えて広がらない状態です。この差は印象論ではなく、公的な統計にも表れています。
総務省の令和8年版情報通信白書では、生成AIによる業務変革に「全社横断的に取り組んでいる」と答えた企業は21.5%にとどまりました。この調査はデジタル化にすでに着手した企業の管理職が対象です。AIに前向きな会社に絞った調査でもこの水準にとどまるのですから、日本企業全体で見れば、全社で使いこなせている会社はさらに少数派と考えるのが自然です。
放っておいてよい話でもありません。帝国データバンクが2026年3月に実施した調査では、AIを使いこなせる社員と使いこなせない社員の間で能力や成果の格差が拡大したと答えた企業が18.8%、大企業に限ると23.6%にのぼりました。一部の人だけが使い続ける状態は、時間が経つほど「使える人」と「使えない人」の差を広げていきます。
生成AIによる業務変革への取り組み状況(総務省調査)
| 取り組みの状態 | 割合 |
|---|---|
| 全社横断的に事業変革・イノベーションに取り組んでいる | 21.5% |
| 各部署での業務最適化にとどまる(全社横断には至らず) | 32.4% |
| 個人の生産性向上の取り組みにとどまる | 11.7% |
| 組織的な取り組みはない | 27.0% |
| わからない | 7.4% |
調査対象はデジタル化に着手済みの企業の管理職(有効回答515人)。この設問に答えた497人のうち、全社横断で取り組めているのは21.5%にとどまり、7割超は部署単位・個人単位、または未着手です。
18.8%
AIを使いこなせる社員と使いこなせない社員の間で、能力や成果の格差が拡大したと答えた企業の割合実数値
出典:帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査」(2026年3月調査・有効回答10,312社)
なぜ、使う人と使わない人に分かれてしまうのか?
分かれ目は3つあります。コツが個人に閉じる属人化、部署間の温度差、そして評価されない頑張りです。いずれも、私たちが中小企業の相談の場で繰り返し見てきた分かれ方です。「使い道が分からない」「時間がない」という最初のハードルは、すでに誰かが越えています。パーソル総合研究所の調査では、就業者全体でも正規雇用者でも、週4日以上使う日常的な利用者は1割強にとどまります(就業者全体の生成AI業務利用率は32.4%)。使えるようになった人の数と、使い込んでいる人の数は別なのです。
一つ目の壁は、コツが個人の頭の中に閉じてしまうことです(属人化)。うまい指示文(プロンプト=AIへの頼み方を書いた文章)や確認の勘所は、使い込むほど上達しますが、その上達は本人の中だけで進みます。詳しい人が異動や退職でいなくなると、社内の生成AI活用そのものが止まってしまいます。
二つ目の壁は、部署をまたぐと成功体験が伝わらないことです(部署間の温度差)。営業部で議事録の要約が喜ばれても、その話を経理部や現場に向けると「うちの仕事とは事情が違うから」と返ってきます。翻訳する人がいないまま、良い工夫は生まれた部署の中で止まります。
三つ目の壁は、定着させる努力が評価や数字に乗らないことです(評価されない頑張り)。手順書を作り、他部署に教えて回っても、査定の面談では話題にすら上らない。パーソル総合研究所の調査でも、生成AIの普及に伴う課題として「教育・サポートが正式な業務評価に位置づけられていない」「関心の低い人に教える負担が大きい」が挙がっています。広める役目を買って出た人ほど、次第に手が止まります。自社がどの壁に近いか、次のチェックで確認してみてください。
自己診断:自社はどれに近いか
うまくいった指示文や確認のコツが、特定の人の頭の中にしかない
他の部署の成功事例を、自分の部署の話として聞いたことがない
AIを広める努力をしても、評価や数字にはつながっていない
チェックがついた壁から、次の章の対応する移し替えで解消していきます。
部署を越えて広げる3つの移し替え
打ち手は、前の章の3つの壁をそれぞれ解く形で用意します。特別な予算や新しいシステムは要りません。金曜に早く帰れていた社員に特別な才能があったわけでもありません。コツを言葉にして渡す仕組みさえあれば、隣の部署の担当者にも同じことができます。
まず、使っている本人が書き写します。手順書を作るところまでは導入期の話です(関連記事で扱っています)。部署を越えて広げる段階で要るのはその先、他部署の人が自分で見つけて真似できる状態にすることです。うまくいった指示文と、そのときの入力と出力の例を、全社で一つに決めた置き場所(共有フォルダやチャットの固定チャンネルなど)に、業務名で引ける見出しを付けて残します。完璧を目指さず、まず1行。週1回追記する日を決めておくと止まりにくくなります。
次に、橋渡し役が翻訳して届けます。担当は、部署をまたぐ役を一人。たとえるなら社内に通訳を置くようなものです。「営業部で議事録の要約に使っている」をそのまま伝えるのではなく、「経理部なら月次資料の下書きに当てはめられる」と、聞き手の仕事の言葉に置き換えて届けます。
最後は、経営者や管理職の出番です。使える人と使えない人の差を、個人の頑張り任せにしないこと。手順書を書いた、他部署に教えたといった行動を、評価や目標の会話の中で言葉にして認めます。帝国データバンクの調査で格差拡大が18.8%にのぼっていたのは、この差が放っておかれた結果とも読めます。差を埋める仕組みを持つかどうかで、この先が変わります。
移し替えには時間もかかります。たとえば橋渡し役に週1時間を割くと年間およそ52時間です。それで他部署の2人が、1件30分かかっていた見積書の下書きを、AIの下書きと人の確認あわせて1件10分に縮められれば、浮くのは1件あたり20分。月10件・2人分で年間およそ80時間が浮く計算になります。かける52時間と浮く80時間のどちらが大きいかは、自社の人数と件数に当てはめて確かめてみてください。
誰が・何を・どこへ移すか
個人のコツを、組織の手順に移す
使っている本人が、指示文と入出力の例を全社で一つの置き場所に業務名付きで残す
部署の成功を、隣の部署の言葉に翻訳する
橋渡し役が、聞き手の仕事に当てはめて伝える
広める努力を、仕組みで支える
経営者・管理職が、定着に向けた行動を評価の会話で言葉にする
3つの移し替えは、どれも大きな予算をかけずに社内の工夫で始められます。
80時間
他部署の2人が、1件30分の見積書の下書きをAIの下書きと人の確認で1件10分に縮められた場合の、年間削減時間の目安。橋渡し役にかける年間52時間を上回る計算です試算例
試算の前提:1件あたり20分短縮(30分→10分)×月10件×12か月×2人として試算した例
自社でできる範囲と、外部の支援が要る場面をどう見分けるか?
ここまでの3つの移し替えは、人手と決め事だけで始められます。うまくいった指示文を決めた場所に残す、橋渡し役を決める、広めた人の工夫を朝礼や社内連絡で名前を挙げて共有する。まず自社でできる範囲から実際にやってみることをおすすめします。
一方で、自社だけでは進みにくい場面もあります。詳しい人が異動や退職でいなくなるたびに、また一から仕組みを作り直している。橋渡し役のなり手がなく、部署ごとにやり方が固まってしまい、何年も揃わない。定着への取り組みを評価に組み込もうとすると、人事の仕組みそのものに手を入れる必要が出てくる。こうした場面は社内の人間関係や既存の制度に踏み込む調整が要るため、日々の業務と並行して進めるには骨が折れます。
そこまで来ているなら、外部の伴走を検討する段階です。センテのAI活用・社内定着支援では、この記事の3つの移し替えを部門別の業務に合わせて設計するところから並走します。基礎からの学び直し(リスキリング)研修が合う会社もあります。どちらが合うかは、下の目安で見分けられます。
自社で進めるか、伴走を検討するかの目安
| 状態 | 目安 |
|---|---|
| 3つの移し替えを人手と決め事だけで進められそう | 自社でまず着手 |
| 詳しい人がいなくなるたびに、一から作り直している | 伴走を検討する余地あり |
| 橋渡し役のなり手がなく、部署ごとにやり方がばらばらのまま揃わない | 伴走を検討する余地あり |
| 評価や人事の仕組みに手を入れる必要がある | 伴走を検討する余地あり |
